ヤヌスの鏡・3巻

 

ヤヌスの鏡 3 (集英社文庫―コミック版)

ヤヌスの鏡 3 (集英社文庫―コミック版)

 

 

 最終巻である。

おばあちゃんもヒロミの行動がおかしいと考え始め、ヒロミ自身も自分の記憶を時々失っている事に気づき、徐々にユミの存在がまわりの人間に知られていく・・・。

 

 丸くおさまるって・・・殺された側はたまらんわ〜

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P17

 そして少年の起こした『事故』によってレディースの女は死んでしまう・・。『本当のことなんて・・・達郎自身だってわかりゃしない』とユミは言う。これもまた興味深いセリフだ。それでは殺人の犯人ですら自分が犯人かわからない、と言っていることになる。

 

 確かに、ユミがいることをユミでもあるヒロミ自身は知らない、ということを思えば、誰が犯人かはわからなくなってしまう・・・。しかし殺された側はそれじゃ納得いかんだろう、と思うが。しかしだからこそ精神病、というものは事件における責任能力がない、とされるのだ。

 

 そしてこうも言う。

『本当ってのはね。本当って言葉と、本当って思ってる心があるだけよ。』と。

 

 ユミの言う通りならばそもそもこの世の常識自体がまちがっている事になる。なにしろ本当のことなどないと言っているのだから。

  

 おばあちゃんさえいなければ・・というユミのささやきを聞くヒロミ

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P29

  ユミはおばあちゃんなんか殺してしまえばいい、とすら思っている。おばあちゃんがそもそも元凶である事は確かだ。

 

 おばあちゃんさえいなければ毎日はすばらしくなる、というユミに対し、そんなのは怖い、というヒロミ。『ううん、あんたは変化がこわいのよ』とユミは言うが、その通りだろう。保守的な人が怖いのは変化そのものなのだ。それはすばらしくなる事よりも大事な事なのである。

 

 なぜなら変化する事は今までの自分を否定する事だからである。ヒロミは自分よりもおばあちゃんを優先しているからこのような性格になっているのである。彼女の人生の全てはおばあちゃんが決定しているのだ。おばあちゃんを失う事は自分の人生を失う事でもあるのだ。自分の思い通りに生きた事のない彼女にとって、そんな生き方を選ぶ自信はないのである。・・・だからおばあちゃんの寿命が自然とつきるのを待ったらどうだろう・・・たぶん長くはあるまい・・・。

 

 ヒロミとケンカをして倒れたおばあちゃん

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P81

  ヒロミに初めて『おばあちゃんはウソツキよ!』と怒鳴り返されて、倒れてしまうおばあちゃん。・・・よほどショックだったのだろうか・・・。しかし本人はいつもヒロミを怒鳴りまくり、殴りまくりなのだが・・・。

 

 ここでは今回ヒロミの方が興味深いセリフを言う。『わたし知らないわけじゃなかったの。・・・わたしいつも知ってたんだわ。』と言葉だけとらえればまさに矛盾した主張である。しかしこれが人間というものではないだろうか。

 

  むしろ誰にでも覚えがあるのではないだろうか。

ここにはおばあちゃんを信じたい気持ちと信じたくない気持ち、おばあちゃんに対する怒り、などが感じられる。知っていたのだが、知らんふりをしていた、本当は。と言うところだが、本当は・・・・・どちらなのかなどわからない。

 

 ヒロミvsユミ

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P90

 まさに自分との闘い。

 ヒロミも、ユミが存在することに気づき、何とかしなくてはと思う。ヒロミが好きな進東くんに事情をいろいろ聞き、『やっぱりそうなんですね』『うすうす気づいていたんです・・・だって自分のことなんだし』と言う。ここでも少し矛盾したようなことを言うヒロミ。

 

 この作者はいい人ばかりのヒロイン、というものを違う方向にいかせようとする時になかなか興味深く描く。ちょっと似たような話で『金と銀のカノン』という話でもヒロミにそっくりなすごく善良な少女がでてくるが、そういうキャラを保たせたまま、今までと違う方向をめざすところが非常に見所になっている。

 

 もちろんユミは消されるのを大人しく待っているような性格ではない。自分の方が乗っ取ってやる、と意気込むが・・・。

 

 それにしてもこのラスト、賛否両論だったのがわかるな〜、と思う。『金と銀のカノン』でも似たような結末だったが、しかしあの話はかなりどうなったか予想できる結末を、あえてやらなかった、という事がわかる。しかしこの話は、やらなかったのか、それともやれなかったのか・・・?と思ってしまう。確かに本当のことなどない、というのが話のテーマである以上、『このラストしかない』と言っていた作者の言う事もわかるのだが・・・・。

 

これは番外編

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P245

  これは番外編になっているヒロミの過去の話である。ユミも相変わらずの性格ですごいことをするし、おばあちゃんも日本刀をふりまわして相変わらずの勢いである。

 

『いろいろな自分がいるのだろうか・・・?』と不思議な思いをはせるヒロミ。このように日常的にはありえない事を思わせるセリフが多い。しかし多重人格があるのなら、まさにこれが真実という事になる。自分は1人なのに、たくさんの自分がいる・・・・。

 

 この話を読んでいると、最近話題になった『うみねこのなく頃に』というサスペンスホラーを思い出す。あの話もまた『本当の事などない』『すべての真実は主張にすぎない』『犯人かどうか、それは本人にだってわからない』と。まさにこの話を連想させられた。『いろいろな世界のいろいろな自分』というこのラストもまた酷似している。

 

 そして何とおばあちゃんの過去話も番外編に描かれていて、こちらもなかなか興味深い。自分の若かりしころを回想して『何一つ自分の思い通りになる事はなかった』と思うおばあちゃん。ハタから見ていると何でも思い通りにしているとしか思えないのだが・・・。人が満足して生きていくというのは、こうも難しいものだろうか、と思わせられる苦く意味深な終わり方になっている。