MONSTER 8巻『大人になったら面白いマンガ』
MONSTER・8巻
この巻は久々にアクションシーンはないのだが、しかしこの作者の真骨頂は静かなシーンにこそあり、と思えるのは今までの紹介のところを見ても言えると思う。
ルンゲ対ルーディ
私はルンゲとルーディならばルンゲ警部の方が実力的に上のような気がするのだが、この勝負の結果は興味深い痛み分けになっている。この勝負、実は一見ルンゲが勝ったように見えるのである。彼はこの後目的を果たし、まんまとルーディから1本とるのである。しかし、それはこのルーディの言葉がまさに正しい事を示しているのである。この冷徹非情でトカゲのような顔をした警部のアイデンティティーのよりどころが
『ミスを犯すのがひどく怖い』という人間的なあまりに人間的な理由とは、読者には少し信じがたい気持ちになるのではないか。何しろこの人は全く動じないのである。しかし6巻のテンマとの対決でルンゲは言う「私に・・・間違いなどない・・・私に」と。
まるでそれはかぼそい声の主張のようにも聞こえる。もっともそのシーンのルンゲ警部は死んだ魚のような目をしているので、異様な迫力がいや増しているだけなのだが・・・・・。
『運命と賭をする』マンガにはこの漠然としたしかし何やら仰々しい言葉がたびたび出てくる。危険の伴う行為をして片方が成功、片方が失敗したならば成功した方は何か説明のつかない法則、運命としかいえないようなものに自分は『勝った』と感じるのではないか。彼は言う。死ぬという運命に勝つ、ということがわかっていれば、もう怖い物はないのである。それは危険な行為であればあるほど『楽しい遊び』へと変わるのである。しかし右の少年、ディーターは言う。『怖いものなんかなくならない!!』と。年を取れば新しいものを知り、新しい愛を知り、新しい恐怖を知る。『だから大人になるんだって言ってた!!明日はいい日だってテンマが言ってた!!』と。
今回の名シーン
ヨハンの涙
ヨハンが取り乱す、唯一の場面である。1ページまるまる費やされている事を思えばこれが重要なシーンである事は考えるまでもない。彼はなぜ泣いているかと言えば『なまえのないかいぶつ』という童話を読んでの事なのである。その話は次巻にまわすが、このシーンを見て重要な事は、ヨハンにも感情がある!ということなのである。人間なのだから当然なのだが何しろヨハンはそうは見えないのである。ヨハンが何をしようとしていたかはハッキリ描かれていないのでよくはわからないのだが、彼がシューバルトに成り代わろうとしていたことを思うと、マンガ的に言えば世界征服をして自分の世界を作ろうとしていたのではないだろうか。次作の『20世紀少年』ではそういう話が展開されている。しかしヨハンはこの後「もうシューバルトに興味はなくなった」と言って去っていくのである・・・。ヨハンに果たして何が起こったのだろうか。それもまた最終巻で明らかとなる。
おまえはルンゲだ!
ルンゲがまた妙なことを・・・と思うだろうが、彼はこのように『犯人になりきる』ことによって、犯人の気持ちを理解し次の犯行を予測する、という推理方法をとっている。また彼は指を空中でカタカタと動かし頭の中のキーボードを叩くことでその時に叩かれた事柄は完璧に彼の頭の中に入るという記憶術を持っているが、何もない空間の中で指を上下に動かすその姿は誰が見ても奇妙である。ルーディはその動きを『あなたの不安な心が現れているよう』だと言う。そしてルンゲはこのようにして緻密な推理を構築して犯人を追いつめていくのだが、そうすればするほどますます非人間的になっていくのである・・・。